『系図系譜研究』第1巻第2号に論文が掲載されました

当研究所所長・木下祐也の論文「系図系譜学の理論体系構築のための試論(2)――目的論補論――」が、学術雑誌『系図系譜研究』第1巻第2号に掲載されました。

論文概要

学問目的の要件について、従来の学問論はいずれも、学問目的の要件を論証なく前提するか対象論を論じるにとどまり、ある命題が学問目的として適格か否かを判定するための要件を定立した研究は存在しない。そのため、本稿は、既存研究からの帰納的抽出ではなく独自の洞察に基づき、学問目的の要件を定立することを目的とする。  検討の結果、学問目的とは、①他の学問分野との識別に不可欠な程度の固有の要素を有すること(固有性)、②その学問分野が主体的かつ能動的に実現すべき事柄を規定すること(主体的・能動的実現性)、③研究活動の範囲を画定すること(範囲性)という積極的要件を満たし、かつ、④外部効果、第三者に対する願望若しくは期待、第三者にとっての用途、単なる研究者自身の自己満足、下位分野の目的又は個別具体的な研究の目的でないもの(消極的要件)を充足するものと解するのが相当である。また、研究活動の範囲の画定は実質的に学問対象の範囲の画定でもあるから、目的論と対象論は不可分一体の関係にあるといえる。

本論文により、学問分野一般における学問目的の要件が明らかとなりました。

論文情報

  • タイトル: 系図系譜学の理論体系構築のための試論(2)――目的論補論――
  • 著者: 木下祐也
  • 掲載誌: 『系図系譜研究』第1巻第2号
  • 発行: 家系研究協議会
  • DOI: https://doi.org/10.69352/keiron.1.2_1

論文へのアクセス

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本文:系図系譜学の理論体系構築のための試論(2)
――目的論補論――

(0)学問目的の要件

ア 問題の所在

 学問目的とはどのようなものであるか、すなわち、ある命題が学問目的として適格か否かを判定するための要件は何か、が問題となる。

イ 先行研究の不在

 学問論等の書籍を見るに、どうやらこれまで誰も学問目的の要件を定立してこなかったようであり、他の学問分野の概説書等においても、論証のないまま結論としての学問目的だけが書かれているか、対象だけが論じられている程度である。これは、おそらく各学問分野が自明の前提として学問目的を設定してきたためであると考えられる。

 また、複数の学問分野の概説書等における学問目的から帰納的に学問目的の要件を抽出することも考えられるが、これを実行したところで、必ずしも、概説書等に学問目的が明示されている学問分野ばかりではないようだし、目的論(1)に列挙したとおり学問目的が書かれていてもその要件が十分に考え尽くされて書かれたものとは限らず、必要十分な学問目的の要件を抽出できるとも限らず、サンプル収集の際限もないし、議論の焦点が拡散しかねないため、系図系譜学の学問目的を定立することを目的とする本書としては、一つ一つ批判的に検討して帰納分析することによって要件を定立することは相当でないと考える。

 そこで、本書においては、独自の洞察に基づいて学問目的の要件を定立することとする。

ウ 独自の要件の定立

 思うに、すべての学問分野の研究者は、自身が属する学問分野が志向しているとの自認に基づき、かつ、他の学問分野が扱いうる対象を扱う場合であっても、他の学問分野とは異なるところを目指しているとの自認に基づくテーマについて、主体的かつ能動的に研究を行っているものと解される。

 他方で、「第三者の役に立つこと」など当該学問分野の研究者が、その立場においてすることのできないことまでも学問目的とするケースもみられるところ、それらは実質的には外部効果、第三者に対する願望若しくは期待、第三者にとっての用途であって、これらと目的とを混同したものといわざるをえない。また、研究者自身の知的好奇心ないし感情を満足させるという目的設定も、確かに研究者の知的好奇心のような感情が研究の端緒ないし動機となることは一般的であるけれども、単純にそれに尽きるとすると、研究結果の妥当性ではなく個々の研究者の知的好奇心ないし感情が満足するかどうかだけが評価基準となって審査可能性原則に反してしまいかねないため、単なる研究者の自己満足自体を学問目的とするべきではない。逆に、これらを目的として認めるならば、○○学の研究者として生計を立てたいなどの個人的目的も認められなければおかしい。

 他面において、学問分野は、通常、複数の下位分野を擁し、その中で、あるいは分野横断的に個別具体的な研究が行われているため、下位分野ごとの目的(分野目的)や個々の研究ごとの目的(研究目的)も観念されるところ、学問目的は、それらの最上位に位置し、分野目的及び研究目的はいずれも学問目的の範囲内において設定されるものである。そうである以上、分野目的や研究目的は、学問目的の範囲内で学問目的を細分化ないし個別具体化したものに過ぎないから、これらを学問目的と同一視することは、上位概念と下位概念の混同であって許容されない。

 そうすると、学問目的とは、他の学問分野との識別に不可欠な程度の固有の要素を有し、その学問分野が主体的かつ能動的に実現すべき事柄を規定し、もって研究活動の範囲を画定するものであって、外部効果、第三者に対する願望若しくは期待、第三者にとっての用途、単なる研究者自身の自己満足、下位分野の目的又は個別具体的な研究の目的でないものと解するのが相当である

 そして、研究活動の範囲とは実質的に学問対象の範囲でもあり、研究活動すなわち学問対象の範囲を画定するための議論は対象論でなすべきものであるから、対象論と目的論は不可分一体の関係にあるといえる。

 なお、目的と手段や用途とを混同したものはもちろん、比喩など文学的・情緒的な文言で表現したものは、当然ながら論外である。

 このように定義した場合、例えば、医学の目的は「人の心身の傷病その他の支障を治癒、改善又は予防するための手段方法を明らかにすること」と考えることもできる。「その他の支障」としたのは、美容外科や予防医学、リハビリテーション、加齢に伴うQOLの低下への介入などを含ませるためである。「人」を「人以外の動物」に変えれば、獣医学の目的となりえる。範囲を絞って精神医学の目的を「人の精神神経の疾病、障害その他の支障を治癒、改善又は予防するための手段方法を明らかにすること」とした上で、心理学の目的を「人の精神作用の類型又は傾向を明らかにすること」とすると、人の精神に関する点で精神医学と心理学は重複するが、精神医学が治癒等の手段方法を明らかにする点、心理学が疾病障害以外の精神作用をも対象としうる点で両者を識別することができる。

 

固有性 他の学問分野との識別に不可欠な程度の固有の要素を有し、
主体的・能動的実現性 その学問分野が主体的かつ能動的に実現すべき事柄を規定し、
範囲性 もって研究活動の範囲を画定するものであって、
消極的要件 外部効果、第三者に対する願望若しくは期待、第三者にとっての用途、単なる研究者自身の自己満足、下位分野の目的又は個別具体的な研究の目的でないもの