当研究所所長・木下祐也の論文「系図系譜学の理論体系構築のための試論(4)――用語論(1)――」が、学術雑誌『系図系譜研究』第1巻第4号に掲載されました。
論文概要
系図系譜学における用語の混用・誤用・多義的運用は、精緻な議論を阻害し、学問的独立性の確立を妨げる根本的な問題である。本稿は、その原因として、用語論を欠く歴史学用語の影響、文書記載及び先行研究への依拠、並びに用語論研究を懈怠した文脈依存的・感覚的用語選択慣行の3つを析出した上で、系図系譜学において学術用語を厳密に定義付ける必要性を、超時代的・超地域的特性、独立学問分野及び学際的学問分野としての確立の要請という当該学問に固有の論拠と、精緻化・審査可能性の要請及び講学上の定義による対象把握の必要性という学術一般に妥当する論拠との双方から重畳的に根拠付けた。続いて、「定義」の要件として、①判断基準機能、②本質的属性の表現、③循環定義の排除、④一義明確性、⑤過度広汎性の排除及び⑥過小包摂性の排除の6要件を確立し、先行研究に広くみられる記述的説明がいずれの要件にも違反することを論証した。さらに、一語一意の原則、講学上の概念と研究資料上の用例の峻別、法令・公用文の用字用語基準の準用等を内容とする定義策定方針、多義的概念の分解手順及び概念間の階層関係に基づく定義付けの順序を定めた。
本論文により、「定義」の定義及び要件が明らかとなりました。
論文情報
- タイトル: 系図系譜学の理論体系構築のための試論(4)――用語論(1)――
- 著者: 木下祐也
- 掲載誌: 『系図系譜研究』第1巻第4号
- 発行: 家系研究協議会
- DOI: https://doi.org/10.69352/keiron.1.4_1
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本文:系図系譜学の理論体系構築のための試論(4)
――用語論(1)――
1 問題意識と分野目的
(1)問題の背景
ア 用語の混用・誤用・多義的運用の実態
系図系譜研究に関する語には、本来は異なる概念を意味する語が区別されずに混用されたり、本来の語義とは異なる意味で誤用されたり、論者あるいは文脈によって意味の範囲や用法が定まらず多義的に運用されたりしているものが少なくない。
最も深刻なのは「系譜」の語である。この語は、古来多くの系図系譜研究者や歴史研究者により、①記録書面としての「系譜」を指す場合と、②歴代親族構成情報・歴代当主・系統・血縁関係・続柄などを指す概念を意味する場合の2通りの意味で用いられ、同一の研究者であっても文脈次第で使われてきた。それに加えて、「系図」と「系譜」を区別せずに用いられることも多い(3(1)イ(イ)及び対象論参照)。
伝統的系譜学では、多義的用法以外にも、「嫡流」と「正統」などが論者によって同義語のように、あるいは文脈によって曖昧に使用され混用されているの実態がある。
さらに、印象論ではあるが、複数の単語の選択肢がある場合、音節数・画数・字数が少ない語が選択される傾向がある上、多義的な語が文脈依存的に使用されがちなように思われる。
本稿では、混用・誤用・多義的運用その他の適切でない運用を「不適切運用」というものとする。
イ 用語の不適切運用による精緻な議論の阻害
しかし、「系譜」は、系図系譜研究における中核中の中核の概念であり、②の意味については同義語があるのに、これを文脈次第で全く別の意味に用いることは、精緻な議論をするための学術用語の用法としては、厳密性を著しく損ねるものであって、混乱を引き起こすおそれがあり、これ以上ないほど極めて大きな問題がある。
それ以外の用語であっても例えば、「父系」と「男系」、「母系」と「女系」の語について、上野和男は、「父系(祖先とのつながりが、父、父の父、父の父の父、というように父方を一方的にたどる)」「母系(祖先とのつながりが、母、母の母、母の母の母、というように母方を一方的にたどる)」と定義し、青山幹哉は、「父親を通じて出自をたどる様式を父系(patrilineal)または男系(agnatic)、母親を通じてたどる様式を母系(matrilineal)または女系(uterine)という。」というように「父系」と「男系」、「母系」と「女系」を同義語として扱っている。そこで、「母系=祖先とのつながりが、母、母の母、母の母の母、というように母方を一方的にたどる」という上野の定義を大前提とし、「母系」=「女系」という青山の同義語扱いを小前提とした場合、「女系=祖先とのつながりが、母、母の母、母の母の母、というように母方を一方的にたどる」(統合的定義)となるところ、網野善彦は、「問題は(A2)の部分で、ここに入るや、「系図」はにわかに詳細をきわめてくる。禰宜の兄弟のみでなく、姉妹も記載され、さらに、兄弟姉妹の子孫まで、やはり兄弟姉妹を詳しく辿るという、他の諸系図にあまり見られない特異な様式で記されているので、この(A2)の部分は男系系図のみでなく、女系系図を広汎にふくんでいる」というように「姉妹の子孫まで、やはり兄弟姉妹を詳しく辿る」系図を「女系系図」といっている(網野説)。そうすると、この「女系=姉妹の子孫」(網野説)と先述の「女系=祖先とのつながりが、母、母の母、母の母の母、というように母方を一方的にたどる」(統合的定義)は、「女系」の語について、網野説が(少なくとも)男性卑属・女性卑属を含む一方、統合的定義が女性尊属に限定している点で矛盾する。逆に、網野説を大前提とし、青山の同義語扱いを小前提とする場合も同様に上野説と矛盾する。そのため、青山の同義語扱いを是認する限り、上野・青山間あるいは網野・青山間では共通理解が成立するかもしれないが、少なくとも、上野・網野間では共通理解は成立しえない。
このように、概念や思考、認識が過度におおざっぱであったり、多義的な概念について統一的な定義を設けることもなく文脈依存あるいは感覚的に用語を使用したり、重要概念が多義的に運用されたりしていれば、共通理解は成り立たず、読解が煩雑になり、誤読のリスクを生じさせ、精緻な議論を阻害する。(2)イで取り上げる佐伯有清の定義のように「Aであり、非Aでもある」という矛盾した定義がなされたキー概念を用いて書かれているならば、いかなる大著であっても、論理的には当該キー概念が空欄になっているのと同じとなるため、全体的に意味不明の書となってしまう。
確かに、一応文脈から察することはできるかもしれないが、学術論文はあくまで自己の主張を論理的に読者に伝えるものであって空欄補充の問題文ではないし、執筆者にとっては一義的に書いたつもりでも、読者からすればどちらとも解釈できなくはない箇所が存在しない保障もないし、読者において善解したとしてもそれで合っている保障もない。これでは、著者の主張の正確な伝達・読解も精緻な議論も不可能である。
言うまでもないはずのことではあるが、用語を峻別して定義して用いれば、思考や議論が整理・明確化され、より精緻になるはずであるから、用語の定義は極めて重要である。
ウ 独立学問分野の確立への支障
学問分野の独立性は、固有の研究対象・目的・方法論を備えることによって基礎付けられるが、それと並んで、当該学問分野に固有の用語体系を持つことが不可欠の要件となるものと解される。なぜなら、用語体系は、目的論・対象論・方法論によって定められた学問分野の内容を概念レベルで明確に表現し、隣接分野との境界を言語的に確定し、研究者間の共通基盤を形成するものであるからである。
系図系譜研究において歴史学用語が無批判に流用され、用語が研究者ごと・文脈ごとに乱用されている現状は、系図系譜学が固有の概念体系を持つ自律的学問分野として存在することと、根本的に相容れない。
そのため、用語の不適切運用の問題は、単に個々の各論文の議論の精度を損なうにとどまらず、系図系譜学の学問的独立性の確立を阻害する要因として位置づけられるべきである。
(2)3つの原因
ア 問題の所在
では、そのような用語運用の原因は何かが次に問題となる。
イ 用語論を欠く歴史学用語の影響
伝統的系譜学者が強く依存してきた歴史学においては、これまで歴史学用語辞典の類いがいくつも発行されてきたところ、その内容は、固有名詞と概念を見出し語とし、固有名詞について事典的な記述的説明がなされるのみならず、概念についても用例に基づく国語辞書的な記述的説明であって、およそ定義といえるようなものではなく、他面において、学術用語であるかのように論文や研究書に頻出する語については掲載されておらず、日常語ないし感覚的に意味を習得して使用すべき語として扱われているようである。
わかりやすい例としては、佐伯有清の系図の定義である。目的論・対象論4(2)ウ(iii)で述べたが、佐伯は、系図について「「系」は血筋の続きを示し」と定義したのに、その直後に血縁とは本来的に無関係であるはずの地位継承次第をも系図として定義しており、自己矛盾している。しかも宝賀寿男もこの定義を支持している。このように、一見して矛盾した定義を、査読者あるいは編集者もそれを放置するということは、記述的説明を長大・詳細に書くことが「厳密な定義」だという誤った意識が共有されている可能性、すなわち、まともな定義の仕方を知る者がいない可能性を示唆する。
そこで、用語の定義を行った研究を探してみたところ、そもそも用語の定義をする研究自体がほとんど行われてこなかったようであった。
そのため、系図系譜者の中では、上記のような混乱が生じやすい土壌が形成されていると考えられる。
ウ 文書中に記載された語や先行研究の影響
系図系譜研究者の多くは、個々の研究において文書中に記載されている語を尊重し、その名称や語彙をそのまま使用して執筆する傾向があり、先行研究や研究交流を通じて他の研究者の用語運用を個人的に感得・模倣することにより、感覚的な用語運用が継承・拡大されてきたものと思われる。
このような文書記載への依拠と先行研究の模倣は、用語の語義を理論的に検討するという手続きを経ていないため、誤用・混用・多義的運用が再生産される原因となりうる。
エ 用語論研究を懈怠した文脈依存的・感覚的用語選択慣行
(1)イで挙げたような用語の不適切運用の例は、類似する複数の概念について、その語義の差異を十分に検討することなく、直感的な理解に基づいて、あるいは、先行研究の用法に倣って、用語選択が行われていることを示している。
アでも述べたとおり、伝統的系譜学は歴史学から強く影響を受けてきたところ、歴史用語辞典の類いには、辛うじて「系図」や「本家」「分家」などは掲載されているものの、系図譜用語や系統用語、続柄用語は掲載されていないから、これらについても日常語に頼り、又は先行研究を模倣してきたものと思われる。
峻別して異なる概念・用語として用いれば類型化分析の精度が上がるなどの実益があるのに、おおざっぱにも同義語として扱って精緻な議論、研究の質の向上を研究者自ら妨害している。
伝統的系譜学がまともに体系化されず、用語を厳密に定義して用語を使用しようという文化がないために文脈依存的用法を糾す者もいないという悪循環に陥っているように思われる。
オ 小括
以上の検討から、系図系譜研究における用語混用の原因として、①用語論を欠く歴史学用語の影響、②文書中に記載された語や先行研究への依拠、③用語論研究を懈怠した文脈依存的・感覚的用語選択慣行の3つが認められる。これらは相俟って、系図系譜学が独自の用語体系を構築してこなかった状況をもたらしてきたというべきである。
(3)学術用語を自覚的に厳密に定義づける必要性
ア 問題の所在
(2)の3つの原因は、系図系譜研究が自律的・理論的規律に基づく用語運用を欠いてきたことの帰結といえる。そこで、かかる状況を改め、系図系譜学において学術用語を厳密に定義付けることの積極的根拠は何かが問題となる。
イ 系図系譜学に固有の論拠
(ア)超時代的・超地域的特性
系図系譜研究は、数百年以上にわたる歴代親族構成情報を研究対象とする時代横断的なものであり、また、本拠地の移転や遠隔地居住者との婚姻関係など地域横断的な側面も有しているため、時代差や地域差を超えた共通語彙なしでは比較分析や類型化分析が不可能である。
もっとも、養子や婚姻の制度については地域差・時代差がありうるとの反論があるかもしれない。しかし、そもそも誰がAの実子であるのかということは普遍的なものであり、地域差・時代差によって差が生じるものでもない。養子や婚姻の制度や扱いについてはもちろん、地域差・時代差がありえるものの、だからといって超時代的・超地域的な共通語彙を整備することを否定する論拠にはなりえず、個別の分析において考慮すべき事情に過ぎないし、それ自体の類型化や比較分析をする必要があり、そのために細分化すれば足りるから、いずれにせよ共通語彙は不可欠である。
そのため、超時代的・超地域的特性を持つ系図系譜研究では、時代・地域・文化的背景に左右されず、一義的な基準で用いることができる用語体系を構築する必要がある。
(イ)独立した学問分野を確立するための専門用語の必要性
学問分野の独立性は、固有の学問目的・学問対象・方法論等を備えることによって基礎付けられるところ、それに加えて、当該学問分野に固有の用語体系を持つことが不可欠の要件となる。1(1)ウで述べたとおり、用語体系は、目的論・対象論・方法論によって定められた学問分野の内容を概念レベルで明確に表現し、隣接分野との境界を言語的に確定し、研究者間の共通基盤を形成する機能を持つ。固有の用語体系を欠き他分野の用語に全面的に依存する学問分野は、隣接分野との境界が言語レベルで不分明となり、独立した学問分野としての実体を持ちえない。
現状の伝統的系譜学のように歴史学用語が安易に流用され続ければ、独自の概念体系は形成されず、歴史学からの概念的独立は実現しない。
したがって、系図系譜学の学問的独立性を確立するためには、歴史学用語への依存を排し、独自の用語体系を構築することが必要である。
(ウ)学際的学問分野を確立するための専門用語の必要性
学際的学問分野においては、法学、政治学、遺伝学など異なる専門用語を使用する研究者間での共同研究や研究成果の円滑な参照を可能にするため、誤解の余地のない共通の用語を設定する必要もある。
ウ 学術一般に妥当し、本学問においても要求される論拠
(ア)精緻化原則と審査可能性原則の要請
議論を精緻化し審査可能性を担保し、異なる研究者による研究成果を統一的に評価できるようにするためには(序文参照)、統一的な用語を厳密に定義することが必要不可欠である。そうすることで、各下位分野ないし個々の研究において定義通りに運用することにより、概念の混乱を抑制し、研究者間の統一的な共通理解の下に研究成果の体系的蓄積を促進することができる。
(イ)講学上の定義によって対象を把握する必要性
先行研究のように文書上の記載に基づく表面的理解に留まる限り、形式の異なる対象を実質的に同一の類型として把握することも、逆に形式上同一に見える対象を実質的に区別することもできず、場当たり的な対応を継続せざるをえず、研究者間の共通理解と円滑かつ精密な議論が阻害され、学術経済にも反することになる。そこで、形式と実質を概念上分離し、形式に拘泥せず実質に即した精密な類型化や比較分析を可能にするため、講学上の定義を確立することが不可欠である。「講学上」とは、現実の研究対象や研究資料の文言や名称に拘束されることなく、学術的考察の便宜のために理論的分析に基づいて独自に設定された概念上の定義に従って対象を把握・分類することをいう。
例えば、系図・系譜の名称が「○○家系譜」であっても、その体裁が講学上の「系図」の定義に該当する場合には、「講学上の系図」として扱うというものである。これは例えば、行政法学において、法文上は「認可」の語で規定されていたとしても、その性質が学術用語としての「許可」の定義に該当するのであれば、「講学上の許可」として扱われるのと同様である。そうすることによって同質のものを類型化し比較分析をすることが可能になるという実益がある。
また別の観点から敷衍すると、なぜ「講学上の系図」(実質)と「タイトルとしての系図」(形式)を分別するのかという問題は、警察官の制服を着たコスプレイヤーがいた場合、警察官(形式)として扱うべきか、コスプレイヤーないし軽犯罪法違反者(実質)として扱うべきかという問題と同様であり、これに対して形式ばかり重視して実質を軽視・無視すれば妥当性を欠く結果になることは明白である。この点、対象論で紹介した定義のうち、地位継承次第等を含めているものは、紙上で文字が線で繋がれているという系図類似の外観又はタイトルとしての「系図」記載を過度に重視した形式主義の産物にほかならない。
したがって、系図系譜学においても、これと同様に、精緻かつ妥当な議論や共通理解に資するため、文書上の記載に拘泥するのではなく、実質的内容に即した講学上の定義を用いて対象を把握するべきである。
エ 小括
以上のとおり、系図系譜学において学術用語を厳密に定義付けることの必要性は、系図系譜研究の時代的・地域的横断性、独立学問分野及び学際的学問分野としての確立の要請という当該学問に固有の論拠と、精緻化・審査可能性の要請及び講学上の定義による対象把握の必要性という学術一般に妥当する論拠との双方から、重畳的に根拠付けられる。そのため、本章における用語定義の作業が、単なる表記の統一や便宜的整理にとどまるものではなく、系図系譜学の理論体系の基盤を形成する不可欠の作業であるといえる。
(4)結論
以上のとおり、系図系譜学を独立した学際的な学問分野として確立し、精緻な議論を促し審査可能性を担保するためには、学術用語の定義を厳密に整備する必要がある。
もっとも、用語が定義されたとしても、自然言語で定義される以上、定義文の解釈が研究者間で常に一致するとは限らない。しかしそれでも、用語の字面のみが共有されている現状と比較すれば、少なくとも定義文自体が共通の議論の基盤となる点で、議論の阻害の程度は低くなるし、定義文の解釈の乖離自体が研究の対象となりうる点でも、定義の確立には意義がある。
そこで、系図系譜学では、下位分野として用語論を設置し、学術用語の定義を整備することを分野目的とすることとする。
2 用語の選定及び定義策定の方針、手順及び範囲
以上のとおり、系図系譜学においてきちんと用語を厳格に定義する必要があることは明らかであるから、以下の策定手順と各方針に従って用語を定義することとした。
(1)「定義」の機能と要件
ア 問題の所在
目的論・対象論における議論から、「系図」「系譜」「系図学」「系譜学」についての先行研究や辞書における記載内容を「定義」だとすると、本書が念頭に置く「定義」とは様相が大きく異なることは明白である。これは両者の「定義」が意味するところが異なるからだと考える。そうだとすると、先行研究のような考え方を持った読者と議論の前提を共有できないことになるため、本書にいう「定義」とは何かを明らかにする必要がある。
そこで、「定義」は、どのような要件を満たすべきものであるか、そもそもどのような機能を有するのかが問題となる。
イ 定義の機能的要件
思うに、「定義」とは、「物事・概念について、被定義項に該当するか否かの判断基準を提供するために、その要件を確定したもの」をいい、そのような判断基準として機能するものでなければならないと解される。そのため、定義の機能的要件は、「物事・概念について、被定義項に該当するか否かの判断基準として機能すること」であるというべきである。
定義された用語は、その語を用いる全ての研究者が同一の概念を指示することを保証し、研究者間の共通認識の土台を形成するとともに、複雑な概念内容を一語で指示する記号として機能することにより、論述の簡潔性・効率性を高める機能を持つ。これらは、定義の判断基準機能が適切に果たされることを前提として初めて実現する。
例えば、学問対象の定義は、目の前の対象がその定義に該当するか否かを判断し、該当するならばそれは学問対象となり、該当しないならばそれは学問対象ではないという判別をすることができるものである必要がある。にもかかわらず、伝統的系譜学論文や史料学論文、あるいは事典等の先行研究における「定義」の多くは記述的説明であるところ、記述的説明は、要件列挙ではなく、物事・概念からイメージされる典型例、傾向、要素・特徴の一部、用例、事例を列挙したものに過ぎないから、該当非該当の妥当な範囲を画定できず、定義に該当するかしないかの判断基準として機能しない。そのため、目の前のものが学問対象かどうかの判別をすることは極めて困難である。
この論理は、用語の定義についても妥当する。
定義の本質的機能は、ある物事・概念の該当性を判断し、該当しないものを排除することにある。これに対し、先行研究が採用する記述的説明は、典型例・傾向・用例を列挙するものであって、非典型的事例や境界事例に対して排除の論拠を提供しない。
仮に、記述的説明を「定義」とした場合、その定義の内容が典型例・傾向・用例である以上、全部の要件を満たす必要はないから、「この事例Aは定義に該当しない」という論証が原理的に不可能となり、いくつかの特徴に合致するだけでも「該当する」と判定することができ、定義の外延が無制限に拡張しうることになって不当な帰結に至る。逆に、非典型的であっても本質的には同一概念に属する対象が列挙から漏れ、定義の射程から不当に排除される結果も容易に生じさせるから、概念の内包が意図せず縮小しうる。すなわち、記述的説明を定義とすると、過度広汎性と過小包摂性という相反する2方向の歪みが同時に生じうるのであって、いずれの方向においても概念の適切な外延ないし射程を確定することができない。そして、そのように定義が判断基準として機能しないならば、執筆者の恣意やご都合主義、場当たり的対応を許すこととなり、読者すなわち学界が執筆者と認識の基盤を共有することができず、いかなる命題も反証不可能となり、審査可能性が根本から失われ、ひいては学界全体の研究の質を低下させることになる。これが、記述的説明を定義として採用しえない実質的理由である。
読者の便宜・理解促進のために記述的説明を書くことに実益があるとしても、それはあくまで、本書のいう「定義」そのものではなく、あくまでその用語・概念の参考情報として付記しうるものに過ぎず、「定義」そのものには含まれえない。
例えば、「専門家」を、記述的説明で表現するならば、「研究者、学者など特定の分野について高度な技術・知見を持つ者のほか、ある趣味に詳しい人、あるいは詳しいフリをしている人が自称することもある」などというものが想定されうる。そうすると、「研究者、学者など特定の分野について高度な技術・知見を持つ者」と「詳しいフリをしている人が自称することもある」という対極にあるような人物像を包含することになるが、これを「定義」だと言ってしまうと、前者のみを対象とすべき場合にも後者を除外することができない。前者のみを対象としたいならば、前者のみを定義とし、全体はその「参考情報」とした上で、前者以外は対象外であると注意書きを付すべきである。
他方、記述的説明を「定義」としたい立場からは、「記述的説明は、複数の判断基準を内包しうるものであるのみならず、傾向や事例のような付随的情報ないし参考情報も含まれており、1語でそれらを全て表現しうるため、合理的である」との反論があるかもしれない。しかし、複数の判断基準があるのなら、議論の精緻化のため、それぞれ別個の概念として峻別すべきであり、これは本書の基本原理としての峻別主義の要請からも必要である。一つの定義に複数の判断基準を内包することは議論の精緻化に逆行することになるが、そうすべき合理的な学問的理由が存在するとは思えない。
また、目の前のものが、必ずしも全ての要件を満たすとは限らず、それを取りこぼすおそれがある、との反論があるかもしれない。しかし、定義に該当すべきなのにしないのであれば、定義を微調整するべきであるし、その余地がないのであれば、該当すべきというのは、反論者のわがままに過ぎず、別物として取り扱うしかない。そのようにしなければ、恣意的、ご都合主義的、場当たり的な一貫性を欠く研究を許容することになり、論理的整合性を基本原理とする学問的営為としては極めて不当な態度を許容することになる。
よって、定義の機能的要件は冒頭に述べたとおりであり、記述的説明はこれを満たさないというべきである。
ウ 定義の内容的要件
「定義」の機能上の要件を被定義項の該当非該当の判断基準となりえるものだとすると、「定義」の内容はどのような要件を備えるべきかが問題となるところ、「定義」の文言は、❶被定義項として想定されるもの全体に通底する要素・性質を表現するものであって(本質的属性の表現(Essential Attributes))、❷定義項に被定義項またはその実質的な同義語を含まず、(循環定義の排除(Circular Definition))、❸曖昧不明瞭な文言及び比喩的表現がなく(一義明確性(Void for Vagueness))、❹想定しない対象を含みうるものでなく(過度広汎性の排除(Overbreadth))、❺含むべき対象を除外するものでない(過小包摂性の排除(Under-inclusion))ことを要件とするべきである(定義の内容的要件)。
まず、定義が、被定義項として想定されるもの全体に通底する要素・性質すなわち本質的な属性を表現(Essential Attributes)したものでないとすると、想定される対象と定義の文言から観念されるものとが一致しないことになって存在意義がないから、定義の文言は本質的な属性を表現したものでなければならないことは明らかである。
定義項に被定義項またはその同義語が含まれる場合、その部分は空欄と同じであり、それを知らない者に対して意味を説明することができず、定義としての機能を果たさないから、定義項に被定義項またはその同義語を含むべきではないこともまた明らかである。これは、一個の定義文内部における自己循環としても、複数概念間の定義付けの順序に起因する連鎖的循環としても避けなければならない。
また、広すぎる定義は想定しない対象を含みうるという過度広汎性(Overbreadth)の問題があり、狭すぎる定義は含むべき対象を除外するという過小包摂性(Under-inclusion)の問題があって、両者は方向の異なる独立した瑕疵であり、いずれも排除しなければならない。これらは系図系譜学の基本原理における峻別主義・厳密主義の要請でもあるが(序文参照)、過度広汎性については、刑罰法規の明確性を論じた徳島市公安条例事件(最判昭和50年9月10日刑集29巻8号489頁)及び広島市暴走族追放条例事件(最判平成19年9月18日刑集61巻6号601頁)がその排除を要請していることからも、定義の要件として確立した基準といえる。過小包摂性については、石毛正純が法令の定義規定の策定の際には「定義の過不足の有無(中略)に注意しなければならない」と指摘していることからも、「不足」に該当する過小包摂性の排除もまた定義の要件として要求されるというべきである。
なお、定義の要件について検討した先行研究はさほど多くない中、Irving M. Copiの定義(definition by genus and difference)のうち、Rule 5(肯定的に定義できる場合は否定的定義にすべきでない)については、Rule 5については採用しない。Rule 5は否定的定義を原則として回避すべきとする規則であるが、Copi自身も認めるとおり、本質的に否定的意味を持つ概念や、ある類の種の数が限られている場合には否定的定義が適切な場面がある。法学における控除説(例えば「行政権とは、国家権力のうち立法権及び司法権に属さないものをいう」)はその典型であり、系図系譜学においても対概念との関係で否定的に定義することが論理的に自然かつ正確な場合があるから、否定的定義の排除を絶対的要件とすることは相当でない。そして、被定義項次第で充足しなくてよいとする相対的要件は、努力義務ないし指針に過ぎず、要件として機能しない。
このように解すると、国語辞典に挙げられるような語義は、すべて記述的説明であり、定義ではない。用語辞典の中にも記述的説明によって構成されるものもあるが、用語辞典は定義によって構成されるべきであり、一の概念に複数の定義が挙げられるならば、それぞれの使用分野を明記する必要がある。
なお、先行研究にありがちな記述的説明の排除については、論理的整合性や文法的正確性という大前提の下、上記各要件の論理的帰結ないし文理解釈の帰結として排除されると解する。すなわち、❶本質的属性の表現との関係では、記述的説明は典型例・傾向・用例の列挙であって被定義項全体に通底する本質的属性を端的に表現していないから❶違反となる。❸一義明確性との関係では、記述的説明が曖昧不明瞭な文言や比喩的表現を含む場合は❸違反となりうる。❹過度広汎性の排除との関係では、記述的説明は外延を画定しないため想定しない対象を含みうる状態になるから❹違反となる。❺過小包摂性の排除との関係では、記述的説明が典型例の列挙にとどまる場合、本質的には同一概念に属する非典型的対象が射程から漏れるから❺違反となる。したがって記述的説明の排除は、❶❹❺の複合的帰結として導かれ、加えて❸違反を生じさせる場合がある。
エ 結論
よって、「定義」は、①物事・概念について、被定義項に該当するか否かの判断基準として機能するものであり(定義の機能的要件)、かつ、その文言が、②被定義項として想定されるもの全体に通底する要素・性質を表現し(本質的属性の表現(Essential Attributes))、③定義項に被定義項またはその実質的な同義語を含まず、(循環定義の排除(Circular Definition))、④曖昧不明瞭な文言及び比喩的表現がなく(一義明確性(Void for Vagueness))、⑤想定しない対象を含みうるものでなく(過度広汎性の排除(Overbreadth))、⑥含むべき対象を除外するものでないこと(過小包摂性の排除(Under-inclusion))(定義の内容的要件)を要件とするべきである。なお、機能的要件と内容的要件を合わせたことにより、内容的要件の丸数字が繰り下がったことに注意されたい。
「定義」の6要件
| 要件 | 内容 |
| ①判断基準機能
(Criterion Function) |
物事・概念について、それに該当するか否かの判断基準として機能するものであること。 |
| ②本質的属性の表現(Essential Attributes) | 被定義項として想定されるもの全体に通底する要素・性質を表現するものであること。 |
| ③循環定義の排除
(Circular Definition) |
定義項に被定義項又はその実質的な同義語を含まないこと。 |
| ④一義明確性
(Void for Vagueness) |
曖昧不明瞭な文言及び比喩的表現がないこと。 |
| ⑤過度広汎性の排除
(Overbreadth) |
想定しない対象を含みうる文言になっていないこと。 |
| ⑥過小包摂性の排除
(Under-inclusion) |
含むべき対象を除外するような文言になっていないこと。 |
本書における各定義はこの要件に従って策定される。
なお、目的論及び対象論においては定義の要件について暫定的な記述にとどまっていたが、本稿においてこの要件を採用し、その限りで目的論及び対象論を修正するものとする。もっとも、この修正は、要件の実質的な変更を伴うものではないから、目的論・対象論内の議論に影響しない。
(2)策定方針
ア 総則
用語の定義を策定するにあたっては、法令において定義規定が置かれる理由と同様の要請が妥当する。すなわち、用語の意義は、国語ないし社会通念によって一応は範囲が限定されているものの、幅があったり多義的であったり、あるいは用語策定の目的により意義を拡大ないし縮小して用いる必要があったりするため、語義を明確にし、解釈上の疑義をなくし、さらには用法を定める必要がある。そのため、以下のような策定方針を採用することとする。
イ 実体的定義策定方針
(ア)一語一意(一義性)の原則
学術用語は、広義・狭義などどうしても同一の用語を多義的に定めなければならないやむにやまれぬ事由のあるものを除き、多義的な用語用法を避け、一義的な解釈ができるように語義を策定しなければならない。この要請は、重要な概念であればあるほど妥当し、技術用語(technical term)である以上、日常語のままの感覚的用法を放置することはできない。
他に適当な代替語を発見又は考案することができず、同一の語を区別して用いる必要がある場合は、「広義の」「狭義の」「講学上の」などを冠し、又は熟語的に修飾語を結合させて一語化するなどして明確に区別するものとする。
(イ)他分野で確立された用語の取り扱い
他分野で確立された語は、各分野の研究者との共通理解を維持するため、原則として、再定義せず、借用語として原義を尊重する。
ただし、多義的あるいは曖昧であるなど他分野で一応広く使われているものの、語義ないし用法が厳密に確立しているとは言い難い場合や、系図系譜学の理論上別の語を採用することが妥当な場合、系図系譜学の重要概念である場合、系図系譜学の理論上語義を限定したり再定義することが妥当な場合、あるいは用語の文字と文字から想起される語義とが乖離しているなど紛らわしい場合、理論上無意味な語である場合などは、再定義したり語義を限定したり使用を禁止したりするものとする。
ただ、系図系譜学に用いる用語は多数に上るため、すべてに対して定義付けを行うことは現実的でない上に、他分野で確立された用語に独自の定義付けを行うと、他分野との共通理解を阻害することになる。そこで、基本的には他分野において一義的な定義が確立された学術用語はそのまま借用することとし、「系図」「男系」など系図系譜学固有の領域に属する重要概念と、系図系譜研究ないし関連研究領域において多義的に用いられている語(すなわち、一義的な定義が確立されていない語及び類似語相互の定義が明確に区別されていない語)を本稿における定義付けの対象とする。
(ウ)厳密性の優先
研究の精緻化を優先するため、先行研究や辞書の語法に囚われず、厳密性を優先する。
他分野や日常語において多義的に用いられている語については、造語をして区別することがある。例えば、「男系」「女系」「父系」「母系」のように混用されがちな用語に対して、「混系」などの造語をして区別する。
(エ)「講学上の概念」と「研究資料上の用例」の峻別
比較分析を可能かつ容易にし、かつ、研究の精緻化を優先するため、個別具体的な研究資料で用いられている語に拘泥せず、講学上の定義に基づいて学問的分類を行えるようにする。
(オ)分析的有用性の向上
研究上の精密な分析を可能とする概念を策定する。
ウ 表記上の方針
(ア)法令・公用文の用字用語基準の準用
法令及び公用文の用字・用語の基準は、内閣及び内閣法制局によって一般通常人が一義的に理解しうるよう整備されており、かつ全国民に統一的に適用され、官報による公布によって全国民が法令の制定改廃の内容を知ったものとみなされることから、学際的学問分野の論文執筆指針として最も広い通用力を持つ基準といえる。
そこで、本書において特に定義しない用語・語句の意義及び用法については、平成22年11月30日付内閣告示第2号「常用漢字表」、同日付内閣訓令第1号「公用文における漢字使用等について」及び同日付内閣法制局総総第208号「法令における漢字使用等について」並びにこれらに基づく法制執務の慣行に従うものとする。
例えば、「その他」と「その他の」、「みなす」と「推定する」、「及び」と「並びに」、「又は」と「若しくは」等の区別については、法令用語の用法による。
詳細については、文化審議会の解説や法制執務の解説書を参照されたい。
(イ)漢字のカタカナ化の禁止方針
一部の学術分野においては、通常は漢字で表記される用語を、「クニ」「ムラ」「オヤ」「コ」などのようにカタカナで表記することにより、特定の語義を示す用法が見られるが、系図系譜学においては、以下の理由により、このような表記法は採用しない。
① 口頭での識別が不可能であること
現地調査や研究発表会などにおいて、これらを口語で発音した場合、通常の「国」「村」「親」「子」などとの区別が不可能であり、極めて紛らわしい。
② 通常の用法によるカタカナとの支障・混同を避ける必要があること
外国語・人名・地名・読み仮名・擬音等の記載にカタカナを用いる場面が想定されることから、支障を生じたり、混乱を招くおそれがある。
③ 読者に不必要な違和感や誤解を与えるおそれがあること
通常漢字で表記される語をカタカナで表記することにより、読者に奇異な印象や異質感を生じさせ、それがために当該用語を使用した文脈の理解を阻害し、ひいては系図系譜学全体に本来無用な特異な印象や警戒感、誤解を生じさせかねないこと、
④ 不適切な政治的含意との連関を避けるため
一部の過激な政治活動家やイデオロギー的主張の目立つ学問分野の学者の間でカタカナ表記が多用されており、同様の表記を用いることで政治的・思想的バイアスが生じ、不必要な誤解を招くおそれがある。
したがって、他分野の研究を参照する際には、単なる引用の場合を除き、カタカナ表記の語は適切に漢字表記に翻案したうえで記述するものとし、また、新たに用語を策定したいときには造語するか近似する語の語義を整理して活用するものとする。
(3)用語の定義の策定手順
用語の定義は、次の手順により策定することにした。
① 先行研究からの用語・用例の収集
先行研究において使用されている語句及びその具体的な用例を広範に収集する。辞書的定義、学術論文における用例、慣用的用法など、あらゆる用法を網羅的に調査する。
② 第一次定義策定(仮定義)
収集した語について、用例の文脈に即して意味内容を抽出しつつ、基本的にはそれに基づいて定義を仮に設定する(以下、「第一次定義」という)。
③ 第二次定義策定(多義語の峻別と用途の明確化)
同義語的に用いられている複数の語について、研究の実務上の便宜や体系的整理の必要性を考慮して定義を明確に区分する。語義自体又は字面から意味の違いを見いだせる場合は、語義の差異又は字面から感得されるニュアンスによって区分する。多義的概念の分析手順については、(4)において詳述する。
④第三次定義策定(造語)
第二次定義策定時点で、観念されるにもかかわらず既存の語が存在しない概念については、新たに造語を行う。
⑤ 第四次定義策定(用語体系全体の整合性審査)
すべての用語の定義相互間の矛盾・循環・過不足・重複・曖昧性等を精査し、必要に応じて再定義・追加・削除等を行う。
本稿では、以上の策定手順及び方針に則り、第四次定義策定までの策定作業を行う。
⑥ 第五次定義策定(運用による審査と修正)
実際の研究実務において用語を試用するとともに、他の研究者からの意見やフィードバックを踏まえて、定義の不明確さ・運用上の困難点等を特定し、必要に応じて①~⑤の手順に従って追加・削除・修正・再整理を行う。なお、本稿はあくまで試論の初発表段階であることから、本稿では第五次定義策定は行っていない。
(4)多義的概念の分解手順
しばしば単一の概念や用語が複数の異なる意味内容を有する実態があるのにもかかわらず、執筆者において無自覚に、あるいは感覚的に文脈に応じて使用すると、同一の論文において、引いては学問分野全体において用語の統一的運用と論理的整合性を損ない、執筆者と読者の間で議論の対象範囲が不明確となる。そこで、多義的概念を分解して定義し、各語義を明確化する必要がある。
多義的概念の切り分けは、次の手順による。
(1) 多義性の認識
対象となる概念が、論者によって異なる意味で使用されているか、あるいは同一論者においても文脈により意味が揺れている場合、当該概念に多義性があると認識する。
(2) 実際の用法の観察
当該概念が実際にどのような意味で使用されているかを観察し、その実態を確認する。多くの場合、漠然としたイメージないし複数の要素が混在した状態で使用されている。
(3) 内訳の析出
当該概念に混在している要素を可能な限り網羅的に列挙し、各要素を明示的に区分する。この際、論理的に区別可能な最小単位まで分解することが望ましい。
(4) 各区分の論証
析出された各要素が実在する独立の概念であることを論証する。具体的には、ある区分とある区分とを区別しなければ不合理な帰結(既存の常識や他の確立された概念体系との矛盾)が生じることを示すことにより、当該区分の必要性を論証する。
(5) 対象事象の位置づけの確定
分解された各語義のうち、本来議論の対象とすべき物事がいずれの語義に該当するかを確定する。これにより、多義的概念を無批判に使用することによる混乱を回避し、議論の対象範囲を明確化することができる。
(5)概念間の階層・派生関係に基づく定義付けの順序
連鎖的循環定義を回避するため、各概念の依存関係を明示し、上位概念・基本概念を先に定義してから下位概念・派生概念を定義する。
複数の基本概念が関わる複合的概念は、すべての前提概念を定義した後に定義する。
例えば次のようなものである。
- 「直系」を定義するには、「系統」概念が定義済みであることが前提
- 「嫡流」を定義するには、「系統」及び「家」の両方の概念が定義済みであることが前提
そのため、用語論は、学問分野名、基軸概念、系図譜用語、関連用語など、上位概念から順に定義付けしていくものとする。
(6)本章で扱う用語の範囲
系図譜の形態、人名・地名の類型、あるいは論証用語など特定の下位分野の研究に強く依存する概念や論証用語など汎用性の高い用語については、系図系譜学用語を構成するものの、基本的には、各下位分野はその専門性に基づいて策定・調整すべきである上、読者の参照や理解の便宜のためにも、該当する下位分野において策定する方が妥当である。他方で、個別の下位分野において策定された用語は、学問的統一性の要請から、学問分野全体において統一的に定義され用いられなければならない。
そこで、本章では、基本的に、全ての下位分野において共通して用いられる用語や基幹的な用語、下位分野間において調整を要する用語を策定するものとする。
なお、系図系譜学の用語辞典を編纂する際には、本章以外で定義された用語も登載するものとする。

